ナッジ理論と看護|精神科特化訪問看護ミント【明石市】【垂水区】
2026/10/11
ナッジ理論と看護「伝わらない」を変える!
「どうして伝わらないんだろう?」と思ったら![]()
― ナッジ理論で考える、利用者さんの行動が変わる小さな工夫 ―
「お薬、ちゃんと飲めていますか?」
「少しは外に出た方がいいですよ」
「このままだと、また体調を崩してしまいますよ」
訪問看護の現場で、こんな言葉をかけた経験はありませんか?
利用者さんのことが心配だからこそ、伝えたい。
少しでも元気になってほしい。今より楽に生活してほしい。自分らしい暮らしを取り戻してほしい。
私たち看護師は、そんな思いで日々関わっています。
ところが、何度説明しても生活が変わらない。
一緒に決めたことが続かない。
よかれと思って伝えた言葉が、思いがけず相手を傷つけてしまう。
「どうしてわかってくれないんだろう?」
そんな気持ちになったことは、きっと一度や二度ではないでしょう。
看護師だって一生懸命です。
何とかしたいという責任感や、相手を大切に思う気持ちがあるからこそ、つい言葉が多くなってしまう。
でも、ここで一つ、考えてみたいことがあります。
私たちは、相手に伝えることに一生懸命になりすぎていないでしょうか。
もしかすると、もっと別の関わり方があるかもしれません。
正しいことを知っていても、人は動かない
少し自分自身の生活を振り返ってみてください。
早く寝た方がいいとわかっていても、つい夜更かしをする。
運動した方がいいとわかっていても、なかなか始められない。
健康的な食事が大切だと知っていても、疲れた日は簡単なもので済ませてしまう。
私たちだって、そんなことがありますよね。
人間は、正しいとわかっていることを、必ず実行できるわけではありません。
行動には、知識だけでなく、感情、習慣、疲労、環境、目の前の手間など、さまざまな要因が関わっています。
つまり、「わかっている」と「できる」の間には、思っている以上に大きな距離があるのです。
この距離を少し縮めるための考え方が、今回紹介する「ナッジ理論」です。
ナッジ理論って何だろう?
ナッジ(Nudge)とは、英語で「肘でそっとつつく」という意味の言葉です。
行動経済学者リチャード・セイラーらによって広く知られるようになった考え方で、相手の選択の自由を残しながら、行動しやすい環境を整えることを指します。
例えば、健康的な食品を目につきやすい場所に置く。
階段を利用したくなるような表示を工夫する。
忘れやすい手続きの案内を、ちょうど必要なタイミングで届ける。
いずれも、命令したり、無理やり行動させたりするものではありません。
本人が選べる状態を保ちながら、行動のきっかけをつくる工夫です。
では、この考え方を訪問看護に取り入れると、どんなことができるでしょうか。
明日の訪問で試せる、3つの小さな工夫
① 「頑張って」より、手間を一つ減らす
例えば、服薬を忘れてしまう利用者さん。
「忘れずに飲んでくださいね」
と何度伝えても、忘れてしまうことがあります。
そんな時、本人の努力や記憶力だけに頼るのではなく、仕組みを工夫してみる。
本人が使いやすい服薬カレンダーを一緒に選ぶ。
日常生活の中で自然に目に入る場所に、服薬を思い出す目印を置く。
本人が希望するなら、スマートフォンの通知を活用する。
もちろん、薬の保管方法や服用タイミングは、安全性を確認する必要があります。
ここでのポイントは、
「どうして忘れるの?」ではなく、
「どうしたら、忘れにくくなるだろう?」
と考えること。
本人を変えようとする前に、環境を少し変えてみるのです。
② 「大きな目標」より、すぐにできる一歩を用意する
外出する機会が減っている利用者さん。
「毎日散歩しましょう」と提案しても、なかなか実行できないことがあります。
そんな時は、まず本人の気持ちを確認してみます。
「外に出られるようになりたい」という希望があるなら、
「玄関の外に出るところから始めてみますか?」
「ベランダで少し風に当たるのはどうでしょう?」
と、小さな選択肢を用意してみる。
大切なのは、どちらを選んでもよいし、今日は選ばなくてもよいということ。
最初から大きな変化を求めるのではなく、行動のハードルを下げる。
その小さな工夫が、最初の一歩を踏み出しやすくするかもしれません。
③ 「いつかやってみよう」を「いつ、どうする?」に変える
「今度、少し散歩してみようかな」
利用者さんからそんな言葉が聞かれたら、うれしいですよね。
でも、実際には「いつか」のまま時間が過ぎてしまうこともあります。
そんな時は、
「もし行くとしたら、どの時間がよさそうですか?」
「朝ごはんの後なら、少し動きやすいでしょうか?」
と、具体的なタイミングを一緒に考えてみる。
行動を起こしやすい時間や場面をあらかじめ決めておくことは、行動科学で用いられる工夫の一つです。
ただし、約束を守らせることが目的ではありません。
できなかったら、また別の方法を考えればいい。
そのくらいの余白があってもよいのです。
ここで、少し考えてみませんか?
さきほどの3つの工夫を読んで、何か気づいたことはありませんか?
どれも、利用者さんに「もっと頑張ってもらう」方法ではありません。
むしろ、頑張らなくても取り組みやすい環境をつくる方法です。
私たちは専門職として、つい「何を伝えればよいか」「どう説明すれば理解してもらえるか」を考えがちです。
もちろん、正確な情報を伝えることは大切です。
でも、伝えることだけが看護ではありません。
本人が行動しやすい環境を整えることも、私たちの専門性なのだと思います。
ただし、ナッジは万能ではありません
ここで忘れたくないことがあります。
行動が変わらない理由を、すべて環境の工夫だけで解決できるわけではありません。
強い抑うつや不安、薬の副作用、認知機能の問題、経済的な困難、家族関係。
さまざまな事情によって、本人が望んでいても行動できないことがあります。
そして何より、私たちが望む変化と、本人が望む変化は同じとは限りません。
看護師が「散歩した方がいい」と思っていても、本人にとって今は、安心して家で過ごせることの方が大切かもしれません。
そんな時に、どれほど巧みに散歩へ誘導しても、それは本人中心の支援とはいえないでしょう。
ナッジは、人を思いどおりに動かす技術ではありません。
本人の意思を尊重し、その人が望む行動を選びやすくするための工夫です。
だからこそ、ナッジを使う前に、まず本人の思いを聴くことが欠かせないのです。
看護師自身にも、小さなナッジを
さて、ここまで読んでくださった皆さんに、一つだけ提案があります。
次の訪問で、何か一つ、いつもと違う関わりを試してみませんか?
大きく変える必要はありません。
例えば、いつもなら「こうしてください」と伝える場面で、一度だけ立ち止まってみる。
そして、
「何が難しいんだろう?」
「もっと簡単にできる方法はないかな?」
と考えてみる。
それだけでも十分です。
利用者さんの行動を変えることを急がず、自分の関わり方をほんの少し変えてみる。
そして、もし何か発見があったら、チームの仲間と共有してみてください。
「こんな声かけをしたら、こんな反応があったよ」
「この方法はうまくいかなかったけれど、こんなことに気づいたよ」
そんな小さな経験を持ち寄ることで、私たち自身の看護も少しずつ豊かになっていくのではないでしょうか。
「変えようとする関係」から「変化が生まれる関係」へ
訪問看護は、利用者さんの生活の中に入らせていただく仕事です。
私たちが訪問している時間よりも、利用者さんが自分自身の生活を営んでいる時間の方が、はるかに長い。
だからこそ、看護師がいる時だけ頑張れる方法ではなく、看護師がいない時間にも自然に取り組める工夫が大切なのだと思います。
そして、行動が変わらないことと、看護がうまくいっていないことは、必ずしも同じではありません。
今は変えたくないという意思を尊重すること。
変わりたいけれど変われない苦しさを理解すること。
何も変わっていないように見える時間にも、信頼関係を育てること。
それもまた、大切な看護です。
「どうして、この人はわかってくれないんだろう?」
そんなふうに感じた時こそ、少しだけ視点を変えてみたいものです。
「どうしたら、この人が自分の力で選びやすくなるだろう?」
伝える言葉を一つ減らす。
行動の手間を一つ減らす。
選択肢を一つ増やす。
そして、本人が選んだことを尊重する。
そんな小さな工夫の積み重ねが、利用者さんにも看護師にも、前向きな循環を生み出していくのではないでしょうか。
人を変えようとするのではなく、その人が望む変化を起こしやすい環境を一緒につくる。
まずは次の訪問で、一つだけ。
あなたなら、どんな小さな工夫から始めますか?
では、またです!

