ポリフォニックな支援|【明石市】精神科特化訪問看護ミント
2025/11/10
ポリフォニックな支援
声が響き合う世界観
みなさんこんにちはミントです
私たちは看護師だけで支援するというより、多職種の方と関わりながら
支援を進めていくことが殆ど、もちろん、ご家族や関係者の方も
チームと捉えています。
1. 一つの「正しさ」にまとまらない世界
人と関わる仕事をしていると、
「どの意見が正しいのか」「誰の考えを優先すべきか」
という場面に、しばしば出会います。
支援チームの中で意見が分かれるとき、
家族と本人の希望が食い違うとき、
私たちはどうしても「正しい答え」を探そうとしてしまいます。
でも、ロシアの思想家 ミハイル・バフチン は、
そんな「ひとつの正解」に人間を押し込めようとする考え方に
静かに異を唱えました。
彼は、小説家ドストエフスキーの作品を分析し、
そこに「多声性(ポリフォニー)」という新しい世界観を見出したのです。
2. 「多声性」とは何か
バフチンが言う“多声性”とは、
ひとつの物語の中に、複数の独立した「声」が響いている状態のことを言います。
たとえば『カラマーゾフの兄弟』では、
信仰を信じるアリョーシャ、
理性を信じるイワン、
欲望に生きるドミートリー――
それぞれの考えが矛盾しながらも、
どれも否定されずに生きています。
作者ドストエフスキー自身の声さえ、
その中の一つの声にすぎない。
誰もが自分の世界から語り、
互いの声がぶつかりながら、
一つの“人間の合唱”をつくっている。
これが、バフチンのいう「ポリフォニー(多声的世界)」です。
3. 支援の現場に響く“多声性”
この考え方を、私たちの支援の場に置き換えてみます。
支援チームには、本人や家族を軸に
医師、看護師、ソーシャルワーカー、心理士、相談員、
世話人、居宅介護支援や就労系サービスのスタッフ等々
そして、
誰もが違う視点・価値観を持ち、
同じ出来事を見ても、受け止め方が異なります。
「服薬を続けることが大事」と言う人もいれば、
「まずは安心して暮らせる環境を」と言う人もいる。
それぞれが一理あり、どれも間違いではありません。
けれど、私たちはつい「どれが正しいか」を決めたくなり、
その場をまとめたり誘導したり、時に誰かの道筋に沿ってそこが
唯一の道だと思い込んでしまう。そんなことが起こります。
でも
その瞬間、誰かの声がかき消されてしまっているのです。
支援とは、本来“合唱”のようなもの。
それぞれの声が少しずつ違う音程で響きながら、
ひとつの調和をつくり出すプロセスなのです。
これを全員で共有することが現場では本当に難しい。
同じステーションのスタッフ間でも感じることがあるのですが
それもまた自分たちの未熟さを感じる所であり、この仕事の奥深さを
感じる部分でもあったりします。
4. 「聴き合うチーム」が生み出す力
多声的な支援では、
チームの誰もが「聴く人」であり、「語る人」でもあります。
バフチンの言葉を借りれば、
「どの声も、他の声との関係の中でしか意味を持たない。」
つまり、独りでは真実を語れないということです。
それぞれの声が交わるとき、
初めて“その人らしい支援”の形が見えてきます。
看護師の「日常の様子を見ていて気づいたこと」
家族の「昔からの性格を知っている視点」
本人の「自分なりのペースで生きたい」という思い。
どれも欠かせない“音”です。
その音を調整するのが、支援チームの対話。
話し合うことそのものが、一つの“音楽的プロセス”なのです。
5. 「静かな声」を消さないために
多声性の世界で、もっとも大切なのは、
小さな声を消さないことです。
支援の場では、
声の大きい人の意見が通りやすく、
弱い声や迷いのある意見が見過ごされることがあります。
けれど、バフチンの思想はこう語ります。
「どの声も、語る資格を持っている。」
支援の現場でも同じです。不安で言葉が少ない本人のつぶやきも、家族のため息も、
現場スタッフの小さな気づきも、どれも大切な“物語の一部”。
一人ひとりが、
「私の声も聴かれている」と感じられる関係。そこから、チーム全体に信頼が生まれ、
安心が育ち、支援が深まっていくのだと思います。
正しい声を叫ぶより、どの声もこぼさないように耳を澄ませるといった感じでしょうか。
6. チーム支援は“合奏”、支援者は“伴奏者”
もし支援を音楽にたとえるなら、
支援者は「指揮者」ではなく「伴奏者」に近いかもしれません。
相手のリズムを尊重し、ときに静かに寄り添い、必要なときにだけ音を添える。
伴奏者がいるから、
主旋律(利用者の人生)がより美しく響く。
支援の目的は、
その人の“音”を大きくすることでも、他の音を消すことでもありません。
共に奏でること。同じ時間を生き、その人のリズムに合わせながら、
一緒に世界を少しずつ調和させていくこと。
そこにこそ、“対話的支援”の素晴らしさがあるのだと思います。
とはいえ、いつもそのような支援ができるわけではなく
ともすれば自分自身が人の声をかき消してしまうこともあります。
頭で理解していることが、感覚に落とし込まれるまでにはまだまだ時間がかかりそうです。
7. 「ずれ」を受け入れるという成熟
多声的な世界では、意見がぶつかること、ズレることも自然なことです。
むしろ、ズレがあるからこそ、対話が生まれます。
対話を恐れる人、避ける関係になってしまうと
そこからは何も生まれない。
完全な一致を求めるよりも、「違いのまま共にいる」ことを選ぶ。
その姿勢が、支援を成熟させていきます。ここが本当にポイントで
私たちは何故か正しさに、自分の正しさに拘ってしまい、時に
ズレを打ち消そうとしたり、排除しようとする。
バフチンは言いました。
「他者の声を聴くとき、
私は自分の中の新しい声を発見する。」
つまり、違いに触れることで、
自分の中にも“もうひとつの視点”が育つのです。
その積み重ねが、チームにも、人にも、深みを与えます。
視野が狭くなり、排除と打ち消しに必死になっている時には
何も生まれない、そして、何も進まないと思います。
8. “響き合う関係”という希望
人の心も人生も、単音では奏でられません。
怒り、喜び、不安、希望――
それぞれが重なり合って、はじめて“生きる音楽”になります。
支援もまた同じですね。
完璧な正解はなく、ただ多くの声が響き合いながら、少しずつ調和を探していく。
その過程こそが、支援の美しさであり、人の強さだと思うのです。
まとめ
支援の世界は、一人の声で成り立たない
「多声性」とは、違う声が共に響き合うこと
小さな声を消さずに聴くことが、チームの力を育てる
支援者は“指揮者”ではなく“伴奏者”
完全な一致よりも、“ズレを受け入れる成熟”が大切
ズレを打ち消そうとしている時にこそ自分の視野をひろげる
人と人が共に生きるということは、
たくさんの声に囲まれて生きるということです。
その中で、自分の声もまた誰かに響いている。
そう思うと、世界は少し優しく聴こえてきます。
バフチンの言葉を借りれば、
「人は、他者との対話の中でしか生きられない。」
支援とは、その“対話の音楽”を、今日も誰かと静かに奏で続けること。
――そこに、人間の希望があるのだと思います。
では、またです!


