「話したいこと」の価値は誰が決めるの?|【明石市】ミント 精神科訪問
2025/10/17
「話したいこと」の価値は誰が決めるの?
こころの違和感に向き合ってみよう
1. 「この話、聞く意味あるのかな?」と思う瞬間に出会ったとき
精神科訪問看護の現場では、日々さまざまなお話を聴くことになります。
利用者さんの語りは、過去のこと、今日の出来事、気になったニュース、夢の内容、あるいは“他の人には意味が分かりづらい”内容であることも。
そんな中でふと、支援者の中にこうした思いが湧くことがありませんか?私自身の経験でもあり、多くのスタッフの口からふと出た言葉でもあります。
「この話って、聴いていて意味があるのかな?」 「これは看護師としての仕事なのだろうか?」
この感覚を持つこと自体は、決しておかしいことではないと思います。
日々忙しく、責任も多く、複数のケースを抱える中で、「意味のある支援をしたい」と思うのは当然のことだからです。 だからこそ、その感覚に対して「その気持ちの奥に何があるのか?」を一緒に見つめ直してみたいのです。
2. 「アセスメントの優先順位」と「語りへの価値づけ」は異なるものである
支援を進めるうえで、私たちは常に情報を整理し、アセスメントし、支援の方向性を組み立てていきます。
そしてその過程では、ある程度の“優先順位づけ”が必要になります。
☆命に関わるリスク
☆服薬や医療とのつながり
☆生活基盤の安定
☆家族関係や周囲とのトラブル 等々
こうした要素は、緊急性や支援の質に直結するため、当然ながら優先されます。優先順位をつけて対処対応していきますよね。
一方で、それとは別に、私たちが無意識に行ってしまいがちなことがあります。
それは、「語られる内容そのものに“意味がある・ない”というラベルをつけてしまう」こと。
たとえば、同じ話を繰り返したり、テレビの話や空想のような話をされたときに、
「これは意味がある会話なのか」と感じてしまうことがあるかもしれません。
でも、“優先順位”と“価値判断”はまったく別ものだということを、改めて思い出す必要があるのです。
「語り」はその人の状況や人生と繋がっているからです。その繋がりを丁寧に紐解いていけることが私達の仕事の本質なのではないでしょうか。
3. 意味があるかどうかは、本人の中にある
精神科の支援では、言葉の奥にある感情や記憶、関係性の糸を手繰り寄せるような関わりが求められます。 つまり、私たちが「意味がある」と感じる話題と、本人にとって「語る必要がある」話題は、必ずしも一致しないことがあるのです。
でも、 何度も繰り返される話の中に、今も癒えない感情が残っているかもしれない。
語るという行為自体が、「ここで安心してもいいか」を測る方法かもしれない。
簡単にに“通じない”内容だからこそ、「関係性のあり方」が試されているのかもしれない 。
こうして見ていくと、たとえ内容だけを見れば“意味が分からない”と感じる話でも、 その人にとっては「今、ここで語る理由」があるのかもしれないという視点が、少しずつ見えてきます。
そして、語りはそれ自体に癒しと回復の力があると思います。 そのことはオープンダイアローグの実績と効果が証明している。 対話を続けることを目的とした対話の中で数々の回復が得られています。
4. そう(この話意味がない?)感じてしまった自分を、責めなくていい
「これは看護じゃない」とか 「つい価値判断してしまった」と気づいたとき、 大事なのは、それを否定したり責めるのではなく、 「私は何に違和感を持ったのだろう?」 「どんな支援をすることを期待していたんだろう?」 と、自分の“まなざし”に気づいてみることです。
支援者としての誠実さがあるからこそ、迷いや苛立ちが生まれることもあります。そこは自分をジャッジしないで、気付いたそのままを受け止めて、違和感を整理してみましょう。
そして、他のスタッフと共有できる関係性があると、支援はもっと豊かになります。
そんな仲間を作っておくことも本当に大切ですね。
5. 「聴く意味があるかどうか」ではなく、「今、ここで聴けているか」を問い続ける
「語り」の意味は、すぐに分からないこともあります。 けれど、相手が語った言葉が、後から自分の中で何かを動かすことは、私たち自身も経験しているはずです。 支援者が「答えは分からないけれど、ここで一緒にいるよ」と伝えられること。語りをこころに置きながら関係を持続させていくこと、 その姿勢こそが、利用者さんにとっての「聴かれた体験」になるのだと思います。その積み重ねが傷を癒したり、生活を立て直す原動力を生み出したりといった様々な力に変換されていると思うのです。
沈黙のなかにも「交流」があることを知っているのも精神科訪問看護師の強み。 意味や価値にこだわるより、今ここで起きている事に静かにこころを砕いてみるのがよいのではないでしょうか。
私はこの仕事に対してこういうところがとても自分を成長させてくれたと感謝しています。そして、とっても面白い仕事だなと思っています。
では、またです!


