支援者ケアって何だろう?
2025/06/17
支援者ケアってなんだろ・・・?
支援者ケアってなんだろう?
先日リカバリーカレッジで一緒に活動しているゆうきんが開催するワークショップに
参加させていただきましたのでまとめてご紹介します。
――「支える人」こそ、支えられる場が必要だという話
【「支える人」は、いつも元気じゃないといけないの?】
「支援者」と聞いて、あなたはどんな人を思い浮かべますか?
福祉、医療、教育、子育て、地域活動……
誰かを支える立場にいる人たちは、私たちの暮らしの中にたくさんいます。
そして多くの場合、その人たちは「誰かのために」と、自分の感情や体調を後回しにして働いています。
・しんどくても顔に出せない
・自分の悩みを誰かに話す暇がない
・「私はまだ大丈夫」と思い込んで動き続ける
そんな毎日が積み重なると、どうなるでしょうか?
気づけば、
「なんのためにやってるんだっけ?」
「自分のことなんて、誰もわかってくれない」
そんなふうに、心がすり減ってしまうことがあるのです。
【支援者にこそ「ケアされる場所」が必要な理由】
支援者は、スーパーヒーローではありません。
完璧な人間でも、聖人でもありません。
むしろ「人の痛みに共鳴しやすい」「困っている人を放っておけない」――そんなやさしさを持つからこそ、支援の現場にいるのだと思います。
でも、そのやさしさには“限り”があります。
■感情の受け皿がなくなっていく現場
支援の現場では、言葉にならない苦しみ、理不尽な環境、報われない努力……そんなものにも触れます。
しかし、その重さをどこにも吐き出せないと、いずれ“共感疲労”や“燃え尽き”につながります。
「誰にも話せない」
「愚痴っぽいと思われたくない」
「利用者よりも自分の話なんてできない」
そんな配慮や遠慮が支援者自身を孤立させてしまうのです。
ワークショップの中で余白とか余裕がなくなると、自分らしく居られなくなるよねという話題が
でました。本当にそうだなと思います。普段できることもできなくなって、自分らしさを見失う。
そうならないためには、自分の中にいつも余白を残しておくことが大切ですね。
■“共感”にも休憩が必要
例えば、感情を「呼吸」にたとえると、支援者は“吸う”こと(共感・傾聴)ばかりして、“吐く”こと(発散・整理)ができていない状態。
そのままでは、酸欠になって倒れてしまいます。
だからこそ、支援者が“呼吸を整える場”としての「ケアされる時間・関係」が必要なのです。
■支援者ケアのかたち
支援者ケアとは、具体的にはこんな形をとることができます。
安心して話せる“同じ立場の仲間”との対話
感情をため込まないためのスーパービジョンやカンファレンス
物理的・心理的に安心できる「居場所」
感情表現を促すアート・書くこと・体を動かすケア
「ありがとう」「助かったよ」といった“他者評価”ではなく、“ありのままを認める”関わり
ケアされる体験を通して、支援者は「また誰かを支えよう」と思えるエネルギーを取り戻せるのです。
【ケアの循環をつくる社会へ】
支援者がケアされるということ。
それは、弱さを見せることでも、甘えることでもありません。
むしろ、「支援の質を保つために必要な視点」だと私は思っています。
■強くなくていい、完璧じゃなくていい
疲れてもいい。
泣いてもいい。
イライラしても、投げ出したくなっても、それを「ダメな支援者」とは誰も言いません。
そんな当たり前のことが、支援者自身に許される社会を、私たちは目指したい。
そのためには、職場やチームのあり方、研修や仕組みだけでなく、「支える人も支えられていい」という価値観の広がりが必要ですよね。
■まずは「わたし」を大切にすることから
支援者ケアの第一歩は、自分の心の声を聴くこと。
そして、「助けて」が言える場所を、自分のためにつくること。
「支援者だから」ではなく、「人として」、あなたが笑顔でいられる時間をちゃんと持ってほしい。
それが、次の誰かを支える力になるから。
■おわりに
支援者ケアってなんだろう?というテーマでのワークショップに参加して、改めて感じたことが沢山ありました。
それは、「支えることに疲れた自分」を否定せずに、ちゃんと受け入れてあげること。
そして、「私も支えられていいんだ」と許可を出せること。
そうすることで初めて、無理のない支援のサイクルがまわりはじめるのだと思います。
“優しいだけの支援”ではなく、“自分にも優しくできる支援者”でいられるように。
そのための時間や居場所を、自分にも贈ってあげよう!
そして自分からそれを循環させる。
そんな仕組みが必要だなって思いました。
では、またです!


